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女性が子育てしながら美容師を続けるのはめちゃくちゃ大変。

私には3歳の娘がいます。

平日の火曜日~土曜日まで、午前10時から午後4時ごろまで保育園に通わせています。

先日朝、突然子供が「保育園に行きたくない!」とギャン泣き。

さらにはのけ反って、突っ伏して、泣く、わめくが始まりました。

私も妻もその日は予約が入っていて、もう家を出ないと予約時間まで間に合わない!というところまで追い詰められました。

結局、そのまま店に連れていき、その日は、ばぁばに預かってもらうことに。

後ほど、ばぁばが迎えに来て娘はご満悦でしてやったり、という感じ。

完璧にやられた。。。

小さい子供がいると、こんなことが日常茶飯事です。

私たち夫婦は子供のために仕事をセーブしていますので、どちらかの手を空ければ、子供を見ながら仕事ができます。

しかし、お勤めだったり、だんなさんが仕事上協力できなかったりすると、奥さんが中心となって子供の世話をすることになりますよね。

そうでなくても、子育ては基本的に奥さんのほうに比重がかかっていると思います。

例えば、先日の娘のように、いきなりギャン泣きされたり、出がけに「トイレ~」と言われたりしたら。。。

それで、出勤時間に間に合わない、お客さんの予約に間に合わないとか、そんなことが起こったらどうすればいいのでしょう?

あなたが経営者なら、どう考えますか?

「そうならないために、もう少し早い時間から行動すべき」

ごもっともです。

「出勤時間に間に合わないのはしょうがないにしても、お客さんには最低限迷惑をかけないようにすべき」

もちろんです。お母さん方はそんなのは百も承知です。

「スタッフがカバーするので大丈夫です」

まあ、ありがたいですけどね。

子供のいるお母さん美容師は、このようなことが連続すると、どんなに優しい言葉をかけてもらっても、美容師を一時休止する選択する方が多いのではないでしょうか?

仕事よりも子供が第一ですよ。

大変な思いをしながら、スタッフに迷惑をかけながら、仕事を続けようとはなかなか思えなくなってくると思います。

そして、一旦休止してしまうと、就いていたお客さんも次第に離れていき、美容師の仕事からもだんだんとフェードアウトしていくでしょうね。

女性の美容師さんは、このような道を辿る方が多いのではないでしょうか?

私の周りでも、女性で美容師を続けているのは、夫婦でお店をやっていたり、独身の方だったりで、子育てしながらやれている人もいるけど、パートタイマーだったりで、まともにできているお母さん美容師は少ないですね。

男性美容師はそもそも寿命が短い。

女性美容師は、家庭を持ったり、子供が生まれると、なかなか続けることができない。

難しい仕事だよね、ほんとに。

で、こういう問題がオンラインでもオフラインでもなかなか表に出てこないことが???なんだけど、どうなんでしょ?

美容の専門誌でも、Twitterでも、まったく議論にならないし、対策案もでてこない。

これからは人材不足でお店がなくなっていく時代。

ママさん美容師のモチベーションが下がらないようにするにはどうすればいいか?

今一度考える時が来ているのではないか?と思いますし、そこにチャンスがあるのでは?と思いますがいかがでしょう?

今、地方で起こっていること。

珍しく、ブログを連投する。

たいして役に立つ話ではないと思うけど、今後の自分の投資や事業活動について、非常に考えさせられる話を聞いたので、忘れないようにしたためておく。

都会に住んでいる人にはそれほど重要なことではないと思うけど、例えばUターンして地元で独立したいと考えてる人には少し厳しい話かもしれない。

先日、私が住む青森県のとある市にある「大阪王将」が突然閉店した。

人から聞いた話では、理由は「スタッフが集まらないから」らしい。

何度か行ったことがあったが、いつも満席で、結構繁盛している雰囲気だったと記憶している。

話によると、飲食店にも関わらず、夕方の5時には閉めていたらしい。

その間、田舎の割にはかなり高い時給でアルバイトを募集していたらしいが、まったく応募者がいなかったそうだ。

そして、働く人がいないということで、とうとう閉店することに。

新聞やニュースで、人材不足が深刻化するだろう、と聞いていたが、地方ではすでに起こっているということだ。

実際に調べてみると、特にサービスや小売りで起きている。

飲食店、コンビニなどが最も顕著で、美容室もこれからどんどん人材不足による閉店が起きると思う。

高い時給を提示しても人が集まらないということはどういうとなんだろう?

もう、小さい企業体で働く価値はないということなんだろうか?

地方は未だにデフレだ。

安くないとなかなか売れないから、どうしても回転率をあげないと儲からない商売をしている所が多い。

それでいて、傾向的に人件費が高くなっていくのだから、それだけで収益が悪化する。

そのうえに、人が集まらなくて営業できないとなったら、もう閉めるしかないよね。

地方は観光資源くらいしか外需がなく、基本的には内需でお金が回っている。

その内需が収益が悪化の一途を辿ってるんだから、そりゃ景気なんかよくならないよな。

そしてさらに人口も減っていく。

今後、地方で投資や事業するなら、最長3年で投資元本を回収できるくらいのことじゃないと、怖くてできない気がする。

人口が少なくなっていくから、どうしても後ろ向きな投資にならざるを得ないよね、つまんないけどしょうがない。

八戸から南下してまずは盛岡、仙台にたどり着きたい。

それが唯一の私の希望だ。

Uターンして独立を考えている方は、Uターンする地元のことを肌感覚で把握しとくことが重要かも。

都会とは全く違う空気感があるから。

独立してから後悔しないように。。。

今年の目標

今日で今年の12分の1が終わりました。

ほんとに早いですね。

一月は暇なようで、実はバックグランドでやらなきゃならないことが沢山あるんですよね。

そうこうしているうちに一月が終わってしまいました。

Twitterにも書きましたが、今年の私の目標は

「宅建合格」

です。

とにかく、試験を受けて、受かる。

ブログを書いてる暇なんてないんですが、なぜ宅建取得か?頭を整理するために書いておき、物事が上手く進まない時は読み返して、目的を忘れないようにしておきたいと思います。

このブログで、再三に渡って書いておりますが、資産を獲得することで、人生は豊かになります。

私がまだ何も持っていなかったとき、将来に対する不安が常に頭から離れませんでした。

お勤めから独立し、自分の店舗を持ったとしても、その不安からは逃れられませんでした。

今私はシェア美容室を運営していますが、そこで働くフリーランスの美容師さんたちは、独立当初の私と同じです。

お勤めのときよりは、実入りは増えました、時間も増えました。

しかし、根本的なことは何も解決していません。

自分が体を動かさないかぎり、お金は発生しません。

もし、体が動かなくなったら?病気したら?どうすればいいのでしょうか?

「私は美容の仕事が大好きだから、この仕事で一生食べていく。だから、将来は特に悲観していない。」

そう思う人は沢山いますね、特に若い人たち。

私自身もそうでした。

でも、結婚し、家族が増え、守るべきものが出来たりして環境が劇的に変わると、自分自身の考えも変わってきますし、パートナーの考えも尊重しなければなりません。

手取りは多いかもしれませんが、フリーランスという状態は余りにも脆弱で社会的信用度もめちゃくちゃ低い。

ですから、手取りが多くなってうぇーい、自由最高!とか喜べる状態ではないんです。

まずはお金を生む資産を獲得する、作る。

これが将来、美容師を長く続けることにおいて、とても重要なことであると思っています。

ただ、「資産を獲得する」というのは簡単なことではないです。

何より、価格が高い。土地や建物を買おうと思ったら。

なぜなら、仕入れ業者が利益を乗せて販売するから。

もし、自分自身が仕入れ業者となり安く売ることが出来るなら、また、仕組みを自分が作ってお金を生み出せる資産として販売できれば、これほど人の役に立つことはないと思いました。

また、今後のビジネスとしても、自分自身の生きるテーマとしても、納得のいくものであると確信しています。

そのために、まずは宅建合格です。

ですので、今年は試験に照準をあわせて勉強すると同時に、宅建合格するまでしばらくTwitterで発言することはお休みしようと思います。

ブログは細々ですが続けます(笑)

あと、質問等はTwitterのpeingやDMで引き続き受け付けますので、聞きたいことがありましたらいつでもどうぞです。

ブログの更新情報もTwitterでお知らせしようと思ってます。

ではみなさま、次回のブログ更新まで、ごきげんよう。

勉強頑張りたいと思います!

 

父の教え 

今日、11月8日は私の父親の命日で、お墓参りに行ってきました。

亡くなったのは、私が11歳のころでしたので、今年でちょうど30年になります。

物心がついたころに亡くなったので、父親の記憶はほとんどありませんが、とにかく優しかったことだけ覚えています。

多感な時期に父親がいなかったせいで、母親にはよくあたりました。

今思えば寂しかったんでしょうね。

当時は片親であることがコンプレックスで、そうなったのは父親のせいだと、父親のことをあまり良く思うことができませんでした。

しかし、大人になるに連れて社会にでるようになると、たくさんの周りの人たちに「あなたの父親には本当に世話になった」とよく頭を下げられました。

私の父親は不動産売買業を営み、銀行の外部理事まで上りつめた人でした。

今ではあまり考えられないですが、事業でお金に困った人に融資の口利きをしてあげたり、事業が上手くいかずに競売にかけられてしまった物件を父親が買い取ってその人に返してあげたり、そのようなことをやっていたそうです。

父親がいないことでいろいろな制限はありましたし、決して裕福ではありませんでしたが、不思議となぜかお金に関しては、それほど困ることはありませんでした。

私が二十歳になったとき、母親から一枚の金貨を渡されました。

父親が亡くなる直前に子供たちのために買った、天皇陛下在位60年記念10万円金貨でした。

「困ったことがあったら、これを売ればいい。でも、これを売るときは本当に最後の手段。だから、これを売るような事態にならないように努力すること。」

そのように母親から伝えられました。

父の教えです。

父親は私たち、残された家族が困らないように不動産と株を残してくれていたのでした。

それら資産を、家族の節目節目に売却し、なんとか生活させてもらっていたのでした。

そして気付くのは遅かったですが、「資産が代わりに恩恵をもたらしてくれる」ということを身をもって教えてくれました。

10万円金貨はその象徴、証です。

父は偉大だったのです。

亡くなっても私たち家族を救ってくれていました。

母親は「亡くなって30年経ったのに有料老人ホームの切符まで買ってくれた」と言って今でも感謝しています。

そして、私のポケットにはその10万円金貨がいつもあります。

その10万円金貨を見つめ、自分の子供が成人になる時に、同じように父の教えを伝えて、譲りたいと思っています。

その時がとても楽しみです。

そして、父は反面教師となってしまいましたが、子供が巣立つまではしっかりとそばにいて、子供に寂しい思いをさせないようにしたいと思っています。